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Ⅲ 第239回「ダンマパダ 325」

Dhp325時計草


「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」



   「法句325」


大食漢(たいしょくかん)で
怠(なま)けてばかり

寝()ては同(おな)じ事を
繰()り返(かえ)す


愚(おろ)かな者は

餌(えさ)で育(そだ)つ
大豚(おおぶた)のように

繰り返し
母胎(ぼたい)に入るだけ






【場所】ジェータ林(祇園精舎)

【誰のこと】コーサラ国王パセーナディ





【教え】

愚かな者

 「無常である」
 「苦(不安定)である」
 「無我である」

と考えず、心を集中せず
思惟(しゆい)ができない者です。


思惟が無く、
智慧の鈍(にぶ)い者は、

何度も母胎(ぼたい)に入り、
母胎の住まいを脱する事がありません。


何度も同じように、
愚かな生き方をするだけです。



賢い人

賢者は「三相」:

 「無常
 「(不安定)」
 「無我」の相を観ます。


 1. 生じたものは滅する性質のもの。
   常に変化しています(無常の相)。


 2. 「原因と結果の法則を」理解します―
   常に変化しているから
   安定し続ける事は難(むずか)しい(苦の相)。


 3. 我見―私の考え
   愛着―私のもの
   慢心―私がいる

 これらの
 「私・自己」という固定したものは無い。

 これらは実体の無いもの、
 だから無い、と気づきます。

 他から独立した我(自我)がある
 という考えが捨てられたら、

 すべてのものが相互に関わり合って、
 自然(じねん)に、

 他とともに生きている事を
 知ります。

 私たちは、他のものに
 支えられて生きています (無我の相)。



意を世話する

 1. 意(こころ)を世話して、
   意(こころ)の中にある障碍(しょうがい)を乗り越えます。

 2. 静かな、穏(おだ)やかな安らぎの
   意(こころ)に調和します。

 3. 私たちは、意(こころ)を世話して、
  渇愛・執着、貪欲や、怒りや、

  気づきの無い愚かさを克服した時、
  はじめて世界は変わります。



  諸(もろもろ)の法(ほう)は
  まず意(こころ)
  意(こころ)を主にして作られます
  もしも善い意(こころ)によって
  語り、あるいは行うなら
  楽がついてゆく
  常に離れない影のように
            
「ダンマパダ 2」







【原因と結果】

そのころ、
コーサラ国のパセーナディ王は、

1ドーナ量のご飯と、
カレーの副菜(ふくさい)を食べていました。


ある日、パセーナディ国王は
朝食を取った後、

ブッダのところへ行きました。


けれども、
眠気のためによろめいて、

横になる事もできなくて、
ブッダの片側に坐りました。


ブッダは国王に言われました。


ブッダ:
「大王よ、

食事の後に、休息されないまま
来られたのですか?」


パセーナディ国王:
「尊師よ、そうです。

私は食事をした後、
大変苦しくなります」


ブッダ:
「大王よ、食べ過ぎると、
そのように苦しくなります」 と。


そしてこの詩「法句325」を
唱えられました。






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プロフィール

ふつ庵

Author:ふつ庵
「茶室で坐る坐禅と一服の茶 
そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主

2,500年前
「ブッダの説いた教え」
「法の句」を物語ります。

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