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Ⅲ 第243回「ダンマパダ331~333」

ⅢDhp331~333土筆蒲公英


「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」



   「法句331~333」


事(こと)が
有()る時(とき)に

友(とも)がいるのは
楽(たの)しく

どんな事にも
足()るを知()るのは楽しい


母(はは)へ、父(ちち)へ、
沙門(しゃもん)へ、バラモンへ

慎(つつし)み仕(つか)える
奉仕(ほうし)は楽しい


積()まれた
功徳(くどく)は

寿命(じゅみょう)の
終(おわ)りに楽しく

苦(くる)しみの
捨断(しゃだん)は楽しい


戒(かい)を保(たも)つのは
老()いにいたるまで楽しく

信(しん)が
確立(かくりつ)するのは楽しい

智慧(ちえ)を
獲得(かくとく)するのは楽しく

悪(あく)を
なさないのは楽しい






【場所】ヒマラヤの山腹にある森の住まい

【誰のこと】悪魔 





【教え】

友がいるのは楽しい

友がいるならば、

出家者は
「戒律」を守る事を励まし

「坐禅瞑想」が、
身体と心を養ってくれる事を、

確実に教えてくれます。


覚りに向かう「理解
智慧」がそなわるように。


また、
苦しみを滅尽して、

執着から解放された、
自由のために、

ともに励まし合い、
練修修行ができます。


在家者は、

否定的な心の状態の時に、
励ましてくれます。


富や権力が、

真の幸せを運んでくるものでは
ない事を理解し、

ともに支えあって、
生きている事を喜ぶ事ができます。



親孝行、
布施・供養・奉仕は楽しい


親孝行や、布施・供養・奉仕は、
善い行いです。


「善い行い」は、
善い意思から生まれます。


善い意思・善い行いは
功徳」を積みます。



苦しみの捨断は楽しい

心が向かった
意向・意思どおりに

積まれた「功徳」は、
身を滅する時に、

安らぎとなり、楽しい。


行ったり来たりする
「6つの世界」

[天上・人間・地獄・餓鬼・畜生・修羅]=
苦しみの輪廻を「捨断」した

」の最高の境地
に達した人は、

この世の安らぎ、楽、幸せ、
自由の人と呼ばれます。



戒を保つのは楽しい

「戒を保つ」事は、
宝石の飾りなどと異なり、

青年・壮年・老年の
すべての年代に輝く、

安らぎ、楽です。



信が確立するのは楽しい

世俗の世間
出家の出世間

ともに、この2種の

「信が不動になり確立」
される事は楽しい。





教えを深く理解する事です。

また「三宝」:
「仏・法・僧」に対する浄(きよ)い心です。


ブッダの「」は、
信仰の信ではなく

知の信
即ち自信、確信です。


安らぎ、楽、自由への解放の「」は
「理解の道」です。



理解

プラジュニャー「前に進む事」、
それは「智慧」です。






【原因と結果】

当時、
ヒマラヤ地方の国王たちは、

人々を苦しめて、
国を治(おさ)めていました。


そこで、ブッダは、

国王たちや人々を
憐(あわ)れみ、考えました。


「殺さず、殺させず、
悲しまず、悲しまさせず。

このように思ったとおりに、
真(まこと)に「法」によって

国を正しく治める事が
できるであろうか?」 と。


すると、
悪魔は考えました。


「沙門ゴータマは、今では、
国を治めたいと思っている。


王位というものは、
放逸(ほういつ)の根拠だ。


沙門ゴータマが
国を治めれば、

国王たちや、人々を捕える
機会が得られる。


さあ、行って、
沙門ゴータマを奮起させよう!」 と。


悪魔は、
ブッダに近づいて、こう言いました。


悪魔:
「尊師よ、どうか
「法」によって国を治めてください」


ブッダは言われました。


ブッダ:
「悪しき者よ、

そなたは何を見て
そのように言うのですか?」


悪魔:
「尊師よ、あなたには、
「四神足(しじんそく)」:

意欲・心・精進・観察」が
よく修されております。


国を治める事に
心や力を集中すれば、

ヒマラヤ山は、
黄金ともなりましょう。


私も、財によって
必要な事をいたします。


あなたは「法」によって
国を治めてください」



そこで、ブッダは
次の詩をもって悪魔に語りました。


 「 たとえ[ヒマラヤ]山の全体が
   黄金に、
  
   或いは、金貨になったとしても。

   または、 その二、三であっても

   [その価値は、正しく練修する人の]
   一人にも値しない。
  

   このように知って、正しく歩みなさい。
 

   苦しみを見た人は、それ故に
     
   どうして諸(もろもろ)の欲に
   屈するだろうか?


   自己(世界)の素となる
   原因は、執着と知って

   その滅尽のために、人は学ぶのがよい 」



ブッダ:
「悪しき者よ、
そなたの教え示しと、

タターガタの教え示しは、
まったく異なります。


そなたと「法」が
一致する事はありません」


悪魔は、
畏(おそ)れ戦(おのの)く、

畏怖(いふ)の念を
起こしました。








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プロフィール

ふつ庵

Author:ふつ庵
「茶室で坐る坐禅と一服の茶 
そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主

2,500年前
「ブッダの説いた教え」
「法の句」を物語ります。

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