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Ⅲ 第261回「ダンマパダ367」

Dhp367善財童子


「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」



   「法句367」


名(みょう)と
色(しき)について

私(わたし)のもの、
という思(おも)いが無く

また、無い事にも
憂(うれ)える事の無い人

その人こそ真(まこと)の

修行僧(しゅぎょうそう)・
比丘(びく)と言われます






【場所】ジェータ林(祇園精舎)

【誰のこと】パンチャッガダーヤカ(五初物の施主)・バラモン





 【教え】

苦の解決のために教えがある


自分自身

自分自身は
五蘊(ごうん)」:

1つの肉体(身体)と、
4つの心の働きから成っています。


「五蘊」は、また
(みょう)と(しき)」から

成っているとも言います。


(しき)」という、
色・形ある物質的肉体(身体)と

(みょう)」という、
4つの名称がある心の働きです。



五蘊」―1つの身体と4つの心の働き

 1. (しき)― 色・形ある物質的要素、身体・肉体

 2. 感受-感じを受けとる心。感受作用

 3.― イメージを心に浮かべる事。想像。分別。判断

 4. 意思― 行い(身・口・意の三行の意 こころ)

 5. ― 意識(それがそれと気づく事) 認識作用



私のもの、という思いが無く

1つの身体「色(しき)」と
4つの心の働き「名(みょう)」:「受・想・行・識」


これらのすべてについて
「私である」とか

「私のものである」という
見解や執着が無い事。


また、その「名(みょう)・色(しき)」が
滅尽する時に、

「私の色(肉体)が尽きる、

受・想・行・識(心の働き)が尽きる」と

憂(うれ)えず、
悩まされません。


「自分自身の、

破壊の性質のあるものが
尽きる」と見ます。



真の人

今、ここにある
名色」:「五蘊」に対して

「私のもの」という
思いが無い事。


また、
無い事にも憂えない人です。


自分自身に命令して、
思いどおりになる、という

私()は無い、
という根拠です。



この身・心が滅する時の
助けとなるもの、とは何でしょうか?


今、この時、瞬時・瞬時に
善い行い」「功徳」を積む事です。


その積まれた「功徳
安らぎ、楽となります。


苦の
解決のために教えがある。





【原因と結果】

パンチャッガダーヤカ・バラモンは、

穀物(こくもつ)の収穫の時、
脱穀(だっこく)の時、
料理の時、
貯蔵の時、
鉢(はち)に盛る時、

これら5つの時には
初物(はつもの)を、

まず、
家にやって来る人に施して、

その後に、自分自身が
食(しょく)していました。


それ故、彼は
パンチャッガダーヤカ

(五初物の施主 ごはつもののせしゅ)と
呼ばれていました。


さてブッダは、

パンチャッガダーヤカと、
妻であるバラモン女性に

「3つの果」:
 「預流果(よるか)・
  一来果(いちらいか)・
  不還果(ふげんか)」

これらに達する
性質・能力がある事を観られて、

食事時に出かけ、
門のところに立たれました。


パンチャッガダーヤカは、

門の入り口近くで
食事をしていましたが、

家の中の方を向いて
座っていたために、

門のところに立っている
ブッダに、気がつきませんでした。


けれども、
妻は夫に給仕しながら、

ブッダを見ました。

そして考えました。


確かに 
夫は、

5種の初物を
他の人に与えてから食べる。


今は、
沙門ゴータマが来て、門に立っている。


もしも、
夫がこれに気づけば、

自分の食べ物を運んで
与えるに違いない。


今、私は
再び夫のために

食事の
用意をする事ができない」と。


そこで、
妻であるバラモン女性は

「夫が、
沙門ゴータマを見ないようにしよう」と、

ブッダに背を向けて、
夫を隠すようにして立ちました。


しかし 
ブッダはそのまま立たれていました。


妻は、
夫に聞こえる事を恐れて、

小さな声で、
ブッダに言いました。


:
「ゴータマ尊よ、
どうぞあちらへお行きください」


ブッダは

「行きません」と
首を横に振られました。


世間の師であるブッダが、
そのようにされたので、

その妻は、たまらず
大笑いをしてしまいました。


その時、
ブッダは家に向かって光を放たれました。


パンチャッガダーヤは、
ブッダに気づきました。


諸(もろもろ)のブッダは、

村においても
森においても、

覚りの原因となる
性質・素質を

そなえている人々に対して、
「教え・法」を示さないで、

その場所を
離れる事が無いのです。



パンチャッガダーヤカは、
ブッダを見て言いました。


パンチャッガダーヤカ:
「妻よ、
私は破滅してしまった。

重大な罪を犯してしまった」


パンチャッガダーヤカは、
半分になった食物の鉢を持って、

ブッダのところへ行きました。


パンチャッガダーヤカ:
「ゴータマ尊よ、

私は5種の初物を
施してから食べます。


これを半分に分け、
こちらの食べ物をお受けください。


私は一方の部分を食べます。」


ブッダは
「そなたが

残した食べ物に用は無い」とは
言われませんでした。


ブッダ:
「バラモンよ、
私には、初物もふさわしいのですが、

半分に分けて食べる
食べ物も、

最後に残った食べ物も
ふさわしいのです。


なぜなら、
我われ出家僧は、

他の人から与えられて
生きている、

乞食(こつじき)の者
だからです」


パンチャッガダーヤカは、
心が清まりました。


「ああ、
何と不思議な事であろう。


このようにお説きくださるとは」
と考え、

門のところに立ったまま、
ブッダに尋ねました。


パンチャッガダーヤカ:
「ゴータマ尊よ、
あなたは、

ご自分の弟子を
『修行僧・比丘(びく)』
と呼んでいますが、

どのようにして
修行僧・比丘

[苦の解決のために練修するもの]
となるのでしょうか?」



ブッダは言われました。


ブッダ:
「バラモンよ、

(みょう)と言って、
4つの名称がある、

心の働き
(受・想・行・識)にも、

更にまた、
(しき)という

色・形ある物質、即ち、
1つの肉体(身体)にも

染()まらず、
執着せず、

捉われる事が無ければ、

修行僧・比丘

[苦の解決のために練修するもの]
と呼ばれる者になります」 と。








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プロフィール

ふつ庵

Author:ふつ庵
「茶室で坐る坐禅と一服の茶 
そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主

2,500年前
「ブッダの説いた教え」
「法の句」を物語ります。

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