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Ⅲ 第270回「ダンマパダ376」

ⅡDhp376ぜんまい


「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」



   「法句376」


生活(せいかつ)が
清(きよ)く

厭()きる事が無い
善()き友(とも)と

交(まじ)わるがよい


信奉者(しんぽうしゃ)を
親(した)しく迎(むか)える人

大・小の務(つと)めに
巧(たく)みな人となるならば

喜(よろこ)びに
満()ちて

苦(くる)しみの
終()わりを作る





【場所】ジェータ林(祇園精舎)

【誰のこと】多くの修行僧





【教え】

なぜ今?
2つに分けて見る見方



善き友と交わるがよい

生活が清く、
怠(なま)けない

「厭()きる事が無い」
善き友と親交します。



親しく迎える人

「教え・法」に
怠る事無く精進し

「戒律」を正しく守って、
練修に努める人。


その人の
その姿・行動・振る舞いは、

周(まわ)りの人たちを
感化します。


そのような人は、
在家の信奉者に

「親しく迎えられる人」となります。


また、信奉者を
「親しく迎える人」となります。


このように練修する人は
「坐禅瞑想」「禅定」に

怠る事なく、
不放逸に努めます。


更に、今の心に集中する
「気づきの呼吸」によって、

そのとおりに
如是(にょぜ)」、と

観る事ができます。



それ故に、
消滅を繰りかえす感覚に

惑わされる事が無くなった時、
気づきます。


すべての
苦しみの感覚は、

2つに分けて見る見方
だ、と。


分別(ふんべつ)、
取捨選択(しゅしゃせんたく)、

好き・嫌いをして、
現実を誤って見ている事に

その原因がある、と気づきます。



「生と死」もまた、
2つに分けて見る見方や、

無知(むち)・無明(むみょう)
[五蘊への執着・渇愛]

が作り出した
観念にすぎない、と気づきます。


「生と死」、
始まりと終わりという

観念を超越
する。





【原因と結果】 は
「法句368」に同じ。








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プロフィール

ふつ庵

Author:ふつ庵
「茶室で坐る坐禅と一服の茶 
そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主

2,500年前
「ブッダの説いた教え」
「法の句」を物語ります。

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