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Ⅲ 第284回「ダンマパダ392」

Dhp392円空仏


「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」



   「法句392」


正(ただ)しく自(みずか)ら
覚(さと)った人によって

説()き示(しめ)された
教(おし)え・法(ほう)を

誰(だれ)から
学(まな)んでも


教えてくれた人を
篤(あつ)く敬(うやま)うべきです

バラモンが
火()を祀(まつ)るように





【場所】ジェータ林(祇園精舎)

【誰のこと】サーリプッタ長老





【教え】

なぜ今? 他の人と協力し合う


ゴータマ・シッダッタは、
しくって、

正自覚者(しょうじかくしゃ)・
ブッダとなりました。



ブッダの「教え・法」

 1. 原因と結果の法則:原因があって、それに
          条件()が加わって結果が起る事。

 2. 聖なる真理「四聖諦(ししょうたい)」です。



サーリプッタ長老が、
アッサジ長老から教えられ、

聖者の最初の境地
「預流果」に達した、という

有名な詩の

「舎利弗法身偈
(しゃりほつほっしんげ)」があります。



ブッダの「教え・法」に
出逢う前の

サーリプッタ長老は、

アッサジ長老の
托鉢行の

あまりにも
静かな佇(たたず)まいから、

長老の師匠を是非、
知りたく思い、尋ねました。


アッサジ長老は、
応(こた)えました。


  「 もろもろの「」は原因があって生起します。

    如来・ブッダはそれらの原因をも、また

    それらの消滅も説き示します 」
     (「舎利弗法身偈」『律蔵』大篇「大犍度(だいけんど)」)
     (この【原因結果・教え】については「法句11~12」も参照)



「原因結果の法則」は

「四聖諦」によって
見る事ができます。


「四聖諦」:

 聖諦(結果)― 苦しみがあります
 聖諦(原因)- 苦しみの原因[渇愛・執着・欲]があります
 聖諦(結果)- 苦しみが解消されました
 聖諦(原因)- 苦しみが止まり、滅する道「聖八正道」があります



「聖八正道」は

「戒学」
「定学」
「慧学」

の3つの学びにおさめられます。



慧学」(智慧):智慧そのもの
 1. 正見(しょうけん)― 正しく観る智慧。
         「四聖諦」「苦・集・滅・道」や
         「原因と結果の法則」を正しく知って観る。
         「智慧」を働かせておさめる。


 2. 正思惟(しょうしゆい)-正しく考える。「慈悲」の心をそなえた「智慧」。
            自分自身も他の人も害さない、傷つけない考え。



戒学」(戒律):悪から離れる。善いものに向かう習慣。
       身体を動かし生活の中に実践。

 3. 正語(しょうご)- 正しい言葉を語る。

 4. 正業(しょうごう)- 正しい行い。正しい仕事をする。

 5. 正命(しょうみょう)- 正しい生活をする。



定学」(禅定):勝れた心を用いる。勝れた心を作る学び。
       
 6. 正精進(しょうしょうじん)- 正しい努力。正しく勤める。

 7. 正念(しょうねん)― 正しい気づき。正しい今の心。

 8. 正定(しょうじょう)- 正しい集中。禅定。静かに行う。静かに坐る。




自分の人生は、
自分自身で

解決して
いかなければなりません。


けれども、
その中にあって、

私達は、他のものや、
他の人に支えられています。 


ですから、
他のものや、

他の人と協力し合わなければ
越えられない課題もあります







【原因と結果】

サーリプッタ長老は、
ブッダの修行僧団に入る前、

アッサジ長老のもとで、
はじめて「教え・法」を聞いて、

聖者の最初の境地
「預流果(よるか)」に達しました。


それ以来、
守り続けている事がありました。


それは「この方向に
アッサジ長老が住んでいる」 と聞けば、

その方向に合掌をし、
横になる時は、

頭をその方向に向けて
臥()していました。



修行僧たちは、
ブッダに報告しました。


修行僧たち:
「尊師よ、サーリプッタ長老は
邪見者(じゃけんしゃ)です。


今でも、
方角(ほうがく)を

礼拝(らいはい)しながら
歩いております」



ブッダは、
サーリプッタ長老に

その事を確認すると、
次のように言われました。


ブッダ:
「修行僧たちよ、

サーリプッタは、
方角を礼拝しているのではありません。


アッサジ長老のもとで、
はじめて

「教え・法」を聞いて
「預流果」に達したため、

自分の師匠である、
アッサジ長老を礼拝しているのです。


修行僧が、
師匠によって「教え・法」を

知る事ができたならば、
それは、

バラモンが、
祭り火を礼拝するように、

自分の師匠を
礼拝しなければなりません」 と。








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プロフィール

ふつ庵

Author:ふつ庵
「茶室で坐る坐禅と一服の茶 
そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主

2,500年前
「ブッダの説いた教え」
「法の句」を物語ります。

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