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Ⅲ 第287回「ダンマパダ395」

Dhp395新緑2


「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」



   「法句395」


糞掃衣(ふんぞうえ)を
身()にまとって

血管(けっかん)が
現(あら)われて

痩()せ細(ほそ)
林(はやし)に独(ひと)り

坐禅瞑想
(ざぜんめいそう)をする人

その人を
バラモンと呼びます






【場所】鷲峰山(じゅぶせん)

【誰のこと】キサーゴータミー(痩せたゴータミー)長老尼





【教え】

なぜ今?
等しく与えられている呼吸




糞掃衣(ふんぞうえ)

捨てられているボロ布で、
縫()った衣(ころも)です。


自分自身に
相応(ふさわ)しい修行と、

肉も、血も涸()れるほどに、
練修を満たしている人は、

痩せ細って、
全身に血管が現われています。



バラモン

遠く離れて
静寂(せいじゃく)の場所に、

独(ひと)り
気づきの瞑想」をしている人。


」「」の坐禅瞑想をして
禅定に入っている人。

不善・悪を除いている人です。



慎(つつし)み深く、
感謝の気持ちという贈り物を

常に意(こころ)にとどめ、

騒音から離れて、
独り、静かに坐ります。



気づきの呼吸

静かに
[自らの心]に気づき、

一呼吸、一呼吸、丁寧(ていねい)に
呼吸するならば、

捉(とら)われの気持ち、

自分自身と、
他の人の対立などが、

だんだんと、
薄くなっていく事に気づきます。


終(しま)いには、

身体と心への執着も、
消えていきます。



自分自身の意志で
唯一調える事ができる器官


在家の私たちも、
独り、静かに、

一呼吸、一呼吸、丁寧(ていねい)に
気づきの呼吸」を行います。



私たちに、
等しく与えられている「呼吸」、

それを
どのように使うかが、重要。






【原因と結果】

ある時の、夜の初分(しょぶん)
[18:00-22:00]が終るころ、

神々の王・
帝釈天(たいしゃくてん サッカ)は、

大勢の神々とともに、

ブッダがいるところへ
やって来ました。


ブッダを礼拝して、
片側に坐り、

印象に残る「教え・法」
の話を聞いていました。



丁度その時、
キサーゴータミー長老尼は

「ブッダにお会いしよう」と、
やって来ました。


けれども、
帝釈天を見て、

邪魔をしないようにと思って、
引き返しました。



帝釈天は、
長老尼が礼拝をして

引き返すのを見て、
ブッダに尋ねました。


帝釈天:
「尊師よ、
あの長老尼は誰でしょうか?


ここにやって来ながら、
ブッダを見られて、引き返しました」


ブッダは、言われました。


ブッダ:
「神々の王よ、

あの長老尼は、
キサーゴータミーと呼ばれます。


糞掃衣(ふんぞうえ)をまとって
練修をする、

長老尼の第一人者です」 と。








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プロフィール

ふつ庵

Author:ふつ庵
「茶室で坐る坐禅と一服の茶 
そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主

2,500年前
「ブッダの説いた教え」
「法の句」を物語ります。

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