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Ⅲ 第302回「ダンマパダ410」

ⅡDhp410写経の功徳


「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」



   「法句410」


この世()に対(たい)しても
あの世に対しても

願(ねが)い求(もと)める
希求(ききゅう)の無い

縛(しば)りの無い人

その人を
バラモンと呼びます






【場所】ジェータ林(祇園精舎)

【誰のこと】サーリプッタ長老





【教え】

なぜ今?
智慧を得て慈悲の実践




希求を離れて

この世においても
あの世においても

自分自身の身体と心
「五蘊」に執着は無く、

渇愛・欲が無い人は、
何かを願い求める事が、ありません。



縛りの無い人

執着、渇愛・欲、
貪り・怒り・気づきのない愚かさ、

これらの煩悩
(身心を乱れさせる心の不健康)

による縛りが、
無い人です。



如法(にょほう)に生きる人・
如是(にょぜ)に行じる人


正しい法・真理:
「大自然の真理」を

知っている人です。


どんなもの、どんな事にも
執着する事が無い人。


そのとおりに受け入れ、用いる人・
如法に生きる人・

如是に行じる人・
自然(じねん)の人です。



1. 私たちは、眼があっても、
 光がなければ、ものを見る事ができません。

 そのように私たちは、

 大自然の真理・働き(大地・水・太陽・空気など)が
 無ければ生きてはいけません。


2. また、周りの人たちに支えられて生きています。
 多くの他のものによって

 生かされている事によって、
 自分自身の存在がある事を喜び、感謝します。


3. すべてのものは、常に変化しています。


私たちは、宇宙、大自然の中の
すべての存在とつながりながら、生きています。


これらの「真理」に気付いて
智慧」を獲得したならば、

苦しんでいる他の人が、
智慧」を得て、

苦しみから解き放たれるように

「法の教え」を説き示し
慈悲」の実践をする人です。






【原因と結果】

サーリプッタ長老は、
五百人の修行僧に囲まれて、

地方のある精舎に行き、

雨安居(うあんご 雨期の屋内修行)に
入りました。


確かに 人々は、
サーリプッタ長老を見て、

雨安居に必要な食べ物や衣など、
多くの物を供養・

布施する事に同意し、
無事雨安居を過ごす事ができました。


しかし
雨安居が終わって、

終了式(自恣 じし))をしても、
サーリプッタ長老には、

一切の供養・
布施はありませんでした。


サーリプッタ長老は、
そのまま

ブッダのところへ
戻る事になりました。



そこで、
サーリプッタ長老は、

この精舎に残る修行僧たちに
言い渡しました。


サーリプッタ長老:
「友たちよ、
人々から供養・布施が

運ばれてきたならば、
それを受け取り、

祇園精舎の若い者修行僧や、
沙弥(しゃみ 見習い修行僧)たちのために、

僧団に送るようにしなさい。


あるいは、そこに置いて、
祇園精舎に使いをよこしなさい」



修行僧たちは、
サーリプッタ長老の

この言葉を聞いて、
話を始めました。


修行僧たち:
「友たちよ、
サーリプッタ長老には、

渇愛・執着・欲が
あるのではないだろうか?」



その時、
ブッダが現われて、言われました。


ブッダ:
「修行僧たちよ、

わが息子サーリプッタに、
渇愛・執着・欲はありません。


サーリプッタが
そのように言ったのは、

奉仕をした人々にとって、
修行僧たちに供養・

布施をして得られる「功徳」が、
失われないように、また

若い修行僧や、
沙弥(見習い修行僧)たちに

「法の利得」が
失われないように、

という想いから
そのように語ったのです」 と。








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プロフィール

ふつ庵

Author:ふつ庵
「茶室で坐る坐禅と一服の茶 
そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主

2,500年前
「ブッダの説いた教え」
「法の句」を物語ります。

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