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Ⅲ 第312回「ダンマパダ421」

Dhp421白蓮


「ブッダの語ったとされることばに最も近い教え」



   「法句421」


前(まえ)にも
後(あと)にも
中間(ちゅうかん)にも

何(なに)も
所有(しょゆう)するものが無い


無一物(むいちもつ)であり
無執着(むしゅうちゃく)の人

その人を
バラモンと呼びます






【場所】ヴェール林(竹林精舎)

【誰のこと】ダンマディンナー(法授)長老尼





【教え】

なぜ今? 愛・慢・見を解き放つ





過去の、
自分自身の身体と心「五蘊」です。





未来の、
自分自身の身体と心「五蘊」です。



中間

現在の、
自分自身の身体と心「五蘊」です。



「過去・未来・現在」の
自分自身の身体と心

「五蘊」に対して
さし障(さわ)り、

障害(しょうがい)、
障碍(しょうげ)となるものがありません。




所有するものが無い

妨(さまた)げ、
障害となるもの。

それは
「渇愛・執着・欲」と言う

迷妄(めいもう)の執念(しゅうねん)、
妄執(もうしゅう)です。


貪り・怒り・気づきのない愚かさ=
煩悩(身心を乱れさせる心の不健康)

によって
「五蘊」を所有しない事です。



無一物(むいちもつ)

自分自身の身体と心に対する

執着を捨て去る、
放下(ほうげ)する事です。



無執着の人

「五蘊」に対して、
どんな縛(しば)りも、

捉われも無い人[賢者]です。


自分自身を「三相」で観て、
その根拠を知ります。



三相

無常・苦(不安定)・無我の相。


 1. 生じたものは滅する性質のもの。
   常に変化しています(無常の相)。


 2.「原因と結果の法則」を理解します―
  常に変化しているから、今の状態が続く、
  安定し続ける事は難(むずか)しい(の相)。


 3. 我見―私の考え
   愛着―私のもの
   慢心―私がいる


  これらの「私・自己」という
  固定したものは無い。


  これらは実体の無いもの、
  だから無い、と気づきます。


 他から独立した(自我)があるという考えが
 捨てられたら、

 すべてのものが相互に関わり合って、
 自然(じねん)に

 他とともに生きている事を知ります。


 私たちは、
 他のものに支えられて生きています(無我の相)。
 


自分自身の身体と心「五蘊」を、

 愛着(私のもの)
 慢心(私がいる)
 我見(私の考えは)で

所有するのではなく、
自由に解き放ちます







【原因と結果】

ダンマディンナー長老尼が、
まだ在家者であったころ、

夫のヴィサーカ信奉者は、
ある日、

ブッダのところで
「教え・法」を聞いて、

聖者の上から2番目の境地
「不還果」に達しました。


そして、ヴィサーカ信奉者は、
考えました。


「わが家の財産は、

妻ダンマディンナーに
受け取らせるべきだ」 と。


ヴィサーカ信奉者は、
以前は、

ブッダの「教え・法」を聞いて
戻って来ると、

窓から眺めている
妻の

ダンマディンナーを見て、
微笑(ほほえ)んでいました。


けれども、その日は、
窓のところに立っている

ダンマディンナーに見向きもしないで、
通り過ぎて行ってしまいました。


ダンマディンナーは、思いました。


「夫ヴィサーカは、
いったいどうしたのかしら?

でも、
食事の時に分かるでしょう」 と。


けれども、
食事の時も

ヴィサーカ信奉者は、
黙って食べました。


ダンマディンナーは、
思いました。


「何かわけがあって、
怒っているにちがいない」 と。


すると、
夫ヴィサーカは言いました。


ヴィサーカ信奉者:
「ダンマディンナーよ、

この家の財産を
すべて受け取って欲しい」


ダンマディンナーは、
思いました。


「怒っている者が、
財産を受け取らせる事は無い。


いったい何かしら?」 と。


そして言いました。


ダンマディンナー:
「夫ヴィサーカよ、

それでは、あなたさまは
どうなさるおつもりですか?」


ヴィサーカ信奉者:
「ダンマディンナーよ、
私は、これから何も考えずに、

在家の信奉者として
生きていこうと思う」


ダンマディンナー:
「夫ヴィサーカよ、
あなたさまが吐かれた唾(つば)を、

誰が受けとりましょうか?


それならば、私が
出家する事をお許しくださいませ」


ヴィサーカ信奉者:
「尊女よ、分かった」


夫ヴィサーカ信奉者は同意し、
大いなる尊敬をもって、

ダンマディンナーを

修行尼僧の僧団へ連れて行き、
出家させました。


ダンマディンナーは
「入団戒」を受けて、

ダンマディンナー長老尼と
呼ばれました。



ダンマディンナー長老尼は、
遠離(おんり)・

寂静(じゃくじょう)を求め、
遠く離れて、

修行尼僧たちとともに
地方に住みました。


間もなく、
魔の縛り・執着や、

渇愛・欲の捉われ障(さわ)り、
障害の無い「無碍解(むげげ)」とともに、

聖者の最高の境地
「阿羅漢果」に達しました。



ダンマディンナー長老尼は
考えました。


「身内・親族たちは
今では、

私を
拠りどころ(依拠 いきょ)として、

功徳を積む事が、
できるにちがいない」 と。


そして、再び
ラージャガハの都に戻りました。


もと夫であった
ヴィサーカ信奉者は、

ダンマディンナー長老尼が
戻って来た事をを聞いて

「なぜ戻ってきたのだろうか?」と思い、
修行尼僧僧団へ行きました。


けれども、考えました。


「『尊尼よ、
何か不満でもあったのですか?』 と、

長老尼に尋ねる事は、
ふさわしくない」 と。


そこで、
聖者の最初の境地

「預流道(よるどう)」について
質問をしました。


ダンマディンナー長老尼は、

ヴィサーカ信奉者に
正しく答えました。


夫であったヴィサーカ信奉者は、

残りの「一来道(いちらいどう)」
「不還道(ふげんどう)」

阿羅漢道(あらかんどう)」についても
同じように、質問をしました。


確かに
ダンマディンナー長老尼は、

ここまで正確に答えました。


しかし 
ヴィサーカ信奉者は、

限界を超えた質問
[「涅槃」の対(つい)に関する問い]

にいたりました。


その時、長老尼は言いました。


ダンマディンナー長老尼:
「友、ヴィサーカよ、

あなたは質問を越えて進み、
逸脱(いつだつ)しています。


もしお望みなら、

ブッダのところへ行き、
この質問をするとよいでしょう」



そこで、ヴィサーカ信奉者は、
ダンマディンナー長老尼を拝して、

ブッダのところへ行き、
すべてを申しあげました。



ブッダは言われました。


ブッダ:
「ヴィサーカよ、

わが娘ダンマディンナーは、
正しく語っています。


タターガタが
この質問を受けても、

同じように答える事になります。


ダンマディンナーの
その回答は、

ブッダのものとして
受けとめるように」 と。







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プロフィール

ふつ庵

Author:ふつ庵
「茶室で坐る坐禅と一服の茶 
そして ブッダのことのはをまねぶ庵」庵主

2,500年前
「ブッダの説いた教え」
「法の句」を物語ります。

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